デス・オーバチュア
第226話「バタフライドリームス」



「あんな化け物つきあってられないですよ……」
爆発の際に部屋から脱出したアンベルは、あてもなく魔眼城を歩いていた。
いや、確かにあてはないが、まったくのデタラメで歩いているわけではない。
「ふむう……」
何かを感じる方向に、惹かれるように歩いていた。
「うふふふふ……今日は本当に泥棒さんが多い日ねぇ〜」
一条の光も存在していないのに、そこにあるモノの姿はなぜかはっきりと目視できる不思議な闇夜の空間に突入したかと思うと、木霊する薄笑いの声と共に、アンベルの前に一人の女が出現する。
「さっきの奥様?……いいえ、違いますね……あなたは『邪悪』すぎる……」
アンベルは足を止めると、出現した女の姿を凝視した。
ペンシル(スレンダー)ラインのコンサートドレスは闇夜の如き見事な黒色。
両腕と顔の肌は染み一つ無い綺麗な白色だった。
対極の色であるドレスの黒と肌色の白が互いの美しさを際立たせあっている。
淡く儚げな金色のストレートロングに、ドレスと同じ色のヘアバンドをしていた
最初はセレーネと名乗った奥様が衣服を何枚か脱いで、素顔を顕したのかと思ったが、気配……纏う空気と力の波動が、彼女は絶対にセレーネでないと確信させる。
目の前の少女からは、セレーネのような清浄さが感じられない……セレーネが悟られないように『奧に隠していた』邪悪さだけが目の前の少女にはあった。
「あれ? でも、一応同じモノなんですか? 力自体は神と魔が混じったような……でも、穢れが強すぎですね……」
「うふふふふっ、あなただけには言われたくないわぁ〜」
少女はとても愉快げに、いやらしく薄笑う。
「…………」
「うふふふ、うふふふふふふふふふふふふっ……」
彼女の薄笑いはとてもいやらしく、聞いた者に不快さを感じさせるものだった。
「……そういえば、さっき私を泥棒扱いされましたよね?」
アンベルは、穢れ扱いされ返したことや不快な薄笑いのことには触れず、最初に言われたことについて冷静に尋ねる。
「えぇ〜、言ったわよぉ〜。だって、私の後ろは宝物庫だもの〜、うふふふふふっ……」
「宝物庫……なるほど……」
つまり、自分を引き寄せる物は宝物庫の中にあるようだ。
「中に入りたい? 入りたいわよねぇ〜。それに、お母様に追われてもいるぅ〜」
「お母様……」
それで納得がいった、目の前の少女とセレーネがいろんな意味で『似ている』ことが……。
「いいわよぉ〜、中に入れてあげるぅ〜。それにお母様も私がなんとかしてあげるわぁ〜」
「なぜ……ですか? わたしを殺そうとしたのはあなたのお母さんなんでしょう?」
アンベルは、あからさまな不審の眼差しを少女に向けた。
「お母様の嫉妬につきあう義理はないわ……それにぃ〜」
「それになんですか?」
「私、あなたとお友達になりたいの。もし、お友達になってくれるなら、あなたを助けてあげるわよぉ〜」
「……お友達……友人……ですか?」
友という言葉に、不審を超えて明らかな不快と嫌悪を表情に浮かべる。
「きゃはははっ! あなたも友情だとか、信頼だとか欠片も信じていないのね? あなた、本当にいいわぁ〜」
「…………」
「やっぱり、私の目に間違いはない〜。あなたとはお友達になれる……一日に二人もお友達ができるなんて、今日はなぁんて素敵な日なのかしらぁ〜」
「……勝手に決めないで下さい、わたしはあなたとお友達になる気なんか……」
「あらぁ〜、意外ぃ〜。ここは口約束で友達になってあげると私に言うのが一番お得よぉ〜。それが解らない程、あなたはお馬鹿さんじゃないと思うんだけど〜?」
「……なるほど、確かに……あなたの言うとおりですね……解りました、『お友達』になりますよ〜」
「うふふふふふっ、契約完了ねぇ〜。今から私達はお友達ぃ〜、宝物庫は開いてるから好きな物を持ち出していいわよぉ〜」
少女は瞳を赤く爛々と輝かせると飛び上がり、コンサートドレスを四枚の黒い天使の翼に化けさせた。
「私の名はセレナ・セレナーデ……今後ともよろしくぅ〜」
コンサートドレスの代わりに彼女の体に纏われているのはハイレグ・レオタード、蝶ネクタイ、リストバンド、網タイツであり、ヘアバンドも黒いうさ耳に変わっている。
「お母様は私が止めておいてあげるわ……じゃあ、また後でねぇ〜、うふっ、うふふふふふふふふっ……!」
黒兎……セレナ・セレナーデは四枚の黒翼を羽ばたかせ、舞い散る無数の黒羽の中に消えていった。



セレーネ・トリビアガント・フルムーンはゆっくりとした足取りで廊下を歩いていた。
焦ることはない、どうせ獲物はこの城から、この世界(次元)から逃げることはできない。
それに、獲物が通った後の気配があるのは……獲物が逃げている先にあるのは宝物庫……つまり、行き止まりだ。
「ゆっくりと追いつめて……嬲って嬲り抜いてから殺してあげる……身の程知らずにもファージアス様を誘惑した罪を……ん?」
セレーネの前を黒い蝶が横切る。
黒蝶がセレーネの右手に留まったかと思うと、彼女の右腕が荒れ狂う黒炎に包まれた。
「きゃああっ!?」
黒炎を振り払おうと反射的に右腕を激しく振るが、当然そんなことで黒炎は消えはしない。
「馬鹿な、この黒い炎は……暗黒炎!?」
銀月神衣を装備していたお陰で、彼女の右腕はいまだ黒炎に包まれながらも健在だった。もし、生身だったら一瞬で右手は蒸発……この世から完全消滅していただろう。
「む……んんっ!?」
気配を感じて、右腕に向けていた視線を正面に移すと、通路を埋め尽くすかのような大量の黒蝶が押し寄せていた。
黒蝶の群れは一瞬でセレーネを呑み込み、荒れ狂う黒炎に転じて彼女を完全に包み込む。
「……無礼者!」
セレーネの一喝が響いた瞬間、彼女を包んでいた黒炎が跡形もなく消し飛んだ。
銀月神衣の両肩と胸に埋め込まれている青い宝石が輝き、セレーネを月光のような淡い青光の球状の幕が包み込んでいる。
エナジーバリアによく似ているが、他の魔王達のバリアと違ってやけに神聖で清らかな波動を放っていた。
「……第一月相『月地(げっち)の守護』では防ぎきれず……第二月相『月海(げっかい)の守護』まで使わされるとは……」
青い宝石から輝きが失せると同時に、彼女を包んでいた青い月光の幕も消失する。
「流石は暗黒炎ね……危なく『月天(げってん)の守護』の世話にまでなるところだったわ……」
第三月相『月天の守護』は癒しの力だが、その力が使われることは……地と海の二つの守護を突破し彼女にダメージが与えられることはここ数千年なかった。
先程の暗黒炎の蝶は純粋には魔法魔術の類ではなく、かといって物理的攻撃……単純な物理的存在でもない。
蝶という生命体(物質)でありながら、暗黒の炎というエネルギー(魔力)の塊でもあるだ。
つまり、物理的攻撃……負荷として盾で防いでも、魔法……魔力として鎧で遮断してもいいのである。
「……殺意ある攻撃ではなく、蝶という無害な生命体と判断して、『盾』の自動防御(オートガード)が発動しなかった?……だとしたら間抜けな話ね」
セレーネは自嘲的に微笑った。
獲物に接触し黒炎に転じるまでは、正真正銘殺意も悪意もない儚げで美しい黒蝶。
「随分と悪趣味な……」
暗黒炎というこの世でもっとも強烈で残酷な力(炎)を動物に具現化させるなら、普通は不死鳥とか龍とか強そうな獣にするものだ。
「助けて、お母様ぁ〜」
「……セレナ?」
通路の奧から、セレーネの長女である黒いコンサートドレスの少女セレナ・セレナーデが駈けてくる。
「……どうしたの、セレナ?」
「ううぅ〜、お母様ぁ〜」
セレナは母親にすがりつくと泣き出す。
「泥棒が、泥棒が宝物庫にぃ〜、私、怖かった怖かったのぉ〜」
「泥棒?……もう大丈夫だから、落ち着いて話しなさい、セレナ」
あの機械人形のことだろうかと考えながら、セレーネは泣き続ける娘をあやした。
「うん……凄く強い闇を操る魔物なの……黒いの、真っ黒なのぉ〜」
「黒い……闇……?」
いまいち要領を得ないセレナの証言から、セレーネは状況を整理しようとする。
泥棒はあの機械人形ではない→闇を操る黒い魔物→もしかして、さっきの黒い蝶を放った人物の可能性が高い……というのがセレーネの結論だった。
「お母様ぁぁ〜」
「大丈夫、大丈夫よ、セレナ。泥棒はお母様が始末するから、貴方はソディの所……だと不安だから、お父様の所にでも隠れていなさい」
「うぅ〜……はい、お母様……お気をつけてぇ〜……」
セレナはすがっていた母親から離れると、通路の向こう……セレーネが今歩いてきた方へと消えていく。
「……さて、では行くとしましょう」
セレーネは娘の姿が完全に消えたのを確認すると、再び通路の奧へと歩き出した。



「あははははははっ! やっぱり姿を見せないでお母様を殺るのは難しいわねぇ〜」
宝物庫を物色していたアンベルの前に、再び姿を現したお友達の第一声である。
「魔族というのは……親を殺すことに何の躊躇いも感じないんですか?」
アンベルは物色を続けながら、背後のお友達……セレナ・セレナーデに尋ねた。
「えぇ〜、その逆も珍しくないわよぉ〜。そもそも、魔族って子供は産み捨てだしぃ〜、ウチみたいに家族で暮らす方が異端じゃないかしらぁ〜」
親殺し、子殺しは当たり前、子供は産み捨てで人間のように親が子を育てることもない……それが魔族の常識のようである。
「クライドお義兄様だって、いつかお父様を殺して自分が最強だと証明するつもりだろうしぃ〜、リューディアやシン……お母様の違う妹と弟も私のこと殺したい程嫌っているわよぉ〜」
「あなたが嫌われているというのはとても説得力がありますね」
「酷いぃ〜」
宝物庫を物色しながら歩き回るアンベルの後を、セレナは黒翼を軽く羽ばたかせて低空飛行でつき従っていた。
「……わたしを呼んでいたのは……あなた達ですか?」
立ち止まったアンベルの前には、長刀と短刀が台座に飾られている。
「あぁ、黒桜(こくろう)と白桜(はくろう)ね〜……それは二つで一セットよぉ〜」
「黒桜と白桜……」
アンベルは琥珀の瞳で二つの刀を凝視していた。
「例によってお父様は手に入れただけで放置だしぃ〜、お母様の二十八のコレクションにも選ばれなかった程度の刀よぉ〜」
「二十八のコレクション?」
「えぇ〜、お母様は二十八個の伝説の武器を貯蓄しているわ……その中でも最上の十三個の武器が普段装備している十三暦月よぉ〜」
「ああ、あの周りで浮いていた武器ですね」
そのうちの一つ、天叢雲で殺されそうになったばかりである。
「生理的に二十八って数が好きらしくてぇ〜、より強い武器が手に入ったら、一番弱い武器をここに捨てていくのぉ〜」
「勿体ないというか、贅沢というか……ここに転がっているのも伝説クラスの武器ばかりなのでしょう?」
「えぇ、そうよぉ〜。でも、ここにあるのはお母様の目にかなわなかった塵と、お母様如きには使えない本物だけよぉ〜、うふふふふふっ……」
セレナは、自分の母親を嘲笑っているようだった。
「…………」
アンベルは長刀を手に取ると、ゆっくりと鞘から引き抜く。
「黒い刃……」
まるで魅入られたかのように黒刃を見つめる。
長刀を鞘に収めて元の場所に戻すと、今度は短刀を手にした。
「ゆっくり品定めしている暇はないわよぉ〜。通路に三つほど『罠』を張ってきたけど、お母様のことだからそろそろ……」
「そうですね……では、この二つだけ『慰謝料』として頂いていきます〜」
アンベルは短刀を鞘に収めて左手に持つと、台座に戻した長刀も右手で掴む。
「きゃはははははははっ! お父様に手込めにされて慰謝料請求したのはあなたが初めてよ!」
セレナは傑作だとばかりに、笑い狂った。
「…………」
「……うふふ……じゃあ、そろそろ……」
四枚の黒鳥の翼がセレナの体に巻き付く。
翼が刹那の発光と共に消失すると、セレナの姿はペンシルラインの黒のコンサートドレスに変じていた。
頭のうさ耳もいつの間にか、ただの黒いヘアバンドに変わっている。
「逃げましょうか〜?」
セレナがパチンと指を鳴らした直後、虚空から二本の角を生やした黒馬が出現した。
「二本角のユニコーン?」
「二角獣(レーム)のワルプルギス……この子ならこの城からの転移脱出は勿論、魔界と地上の次元の壁すら超えられる……お友達になった記念に無料であなたにあげるわぁ〜」
「……ありがとうございます……」
無料より高いものは無い……という言葉が脳裏を掠めたが、アンベルは今は素直にこの馬を貰うことにする。
「それと、あなた剣術は素人でしょう〜? 地上の極東に斬鉄剣のディーンっていう凄く強い剣士が居るから、彼に刀の使い方を習うといいわよ、はぁい、紹介状よぉ〜」
セレナは一通の封書を差し出す。
「……何から何までお世話になります……」
アンベルは封書を受け取ると、ワルプルギスの上に飛び乗った。
「遠慮しないでぇ〜、私達、お友達でしょう〜?」
「…………」
「うふふふふっ、ひとの好意は遠慮なく利用しなきゃ駄目よぉ〜」
「……そうですね、今はあなたの裏を読んでも仕方ないこと……」
悪戯っぽく笑うセレナに、アンベルも笑みで応える。
「じゃあ、またねぇ〜。そのうち地上(そっち)に遊びに行くから……その時は宜しくねぇ〜、うふふふふふふっ……」
「ええ、では失礼します……わたしの初めての『お友達』……ハイヨウ! ワルプルギスちゃん!」
凄まじい衝撃と共に、アンベルの姿はワルプルギスごとその場から掻き消えた。
「普通、初めて乗る馬の腹をあんなに思いっきり蹴るぅ〜? 振り落とされて異次元に落ちても知らないわよぉ〜?」
セレナの右手から、無数の黒い蝶が飛び出す。
「お母様の前でこの力を使えなくなったのはマイナスだけどぉ〜、今日はお友達が二人もできたし……とても楽しい一日だったわぁ〜、あはははははははっ!」
高笑をあげて、セレナは無数の黒蝶の群の中に消えていった。











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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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